帰っちゃうの? ヒノエくんルート・3月−如月 3









    という段取りなんだけど、分かったね」


    「分かりました。しかし本宮がそのことを了承するんですかぃ?」


    「文はもう送


グガァ〜ア


隣の部屋から酔いつぶれた湛快のイビキが聞こえてくる。


    「やれやれ、親爺、酒が弱くなったんじゃない?」


    「湛快様も、いい御歳でさぁ。
     ヒノ……いや、頭領もそろそろ田辺に戻ってドッシリと落ち着いたら」


    「オレが? おいおい、お前達も親爺と同じことを言うのかい?」


    「ですが、落ち着かねぇことには、毎日御門ごもん前に列が出来続けることになりやすぜ」


    「やれやれ、人気が有るのはありがたいけどね、
     実際のオレを見たことも無くて、よく嫁いで来ようなんて思えるものだね」


    「親同士の決めた許嫁だって、そんなもんでしょう」


    「ま、許嫁そいつが無かっただけでも親爺にゃぁ感謝するよ。
     政略結婚なんてゴメンだし、やっぱり納得のいく相手じゃないとね」


    「納得のいく、……ですかぃ」

    「納得のいく、ね」


    「ん? 何か言いたいのかい?」


    「え? あ、いや、ヒノ、い、いえ、頭領は、意外と堅実かたいんだなぁ、考えがと。なぁ」


    「ん? あ、ああ。そうそう」


    「お前ら、オレをいったいどんな風に見てるんだい、やれやれ。
     ま、結婚なんて呑気なことは先の話だね。まだ戦は終わったわけじゃないんだぜ。
     この日の本の国で、熊野の将来を確固たるものにするんだからね。この話は終わりだ。いいね」


    「へえ」


    「本題に戻るけど、本宮に文は送ってあるし、あとは了承待ちってところじゃん」


    「ですから、あっしが言いた…、申し上げたいのは、
     了承を得る前から、材料の調達を始めちまって良いんでしょうか、って事なんで」


    「『機を観て敏ならざるは』っていうからね。大丈夫。連中だってバカじゃないさ。
     本宮は承知するよ。絶対に」


    「それは

    「シッ!」


庭に人の気配がした。
副頭領は素早く蔀戸を開けると、そこには平伏した鴉が三人控えていた。


    「頭領 こちらにいらっしゃると聞きましたので」


    「ああ、かまわないよ。こっちに入りなよ。ご苦労だったね。で?」


左に控えた鴉が応える。


    「はっ! 御命令の計画、着工の手配は完了しました。港の竣工も間もなくです。
     奥州との航路選定もほぼ終わりました。
     九州との航路は、瀬戸内経由は終わりましたが、室戸、足摺の両岬を越える外洋側は……」


    「船、だね」


    「はい。先に建造いたしました早船でも、残念ながら外洋が荒れた時には……。
     どうしても宋船のような、頑丈な、もっともっと大きな船が無いことには。
     その上、外洋ですんで、季節風かぜまかせの移動だと、往って来いに1年かかってしまいまして
     櫓を使って漕ぐにも、外洋の潮の流れを逆らうのは並大抵の数じゃ無理でして」


    「秋の西風、春の東風、こいつにだけ頼ってる平安いまの船じゃぁ難しい。その上、黒潮の流れ……。
     結局は陸路の輸送の方が、量は少なくとも、確実で速いってことにかわりが無くなる……か」


    「はい」


    「やはり……蒸気船は無理でも、大型帆船が必要だね……。
     といっても、日本人が大型船で外洋に乗り出すのはあと250年近く先だからね」


    「どうしやしょう?」


    「OK、船の件はオレの方でなんとかしよう」


    「だ、大丈夫なんでやすか?」


    「どういう事だい?」


    「い、いえ」

    「宋船のようなでけぇ船、造れるんですかい?」


    「オレには出来ないとでも?」


    「い、いえ、そんな……」


    「大丈夫。任せておいてくれ。
     それより、まずは、瀬戸内ルートを確定してくれ。平家の所領への寄港についても、オレの方で話をつけるからね」


    「よろしくお願いします」


    「で、そっちは?」


中央の鴉が話を切り出す。


    「三山への建物の竣工はいつでも可能です。ただ」


    「人、だね」


    「はい。『病院』の薬師はまだしも、『学校』の教師は……」


    「そうだね、そっちも考えてはいるんだけどね」


    「お願いします。それと、『楽市』の方は発布さえすれば、明日にでも始められます。
     田辺も串本も勝浦も、場所も押さえてはありますので」


    「しかし、本当によろしいんですか?」


    「『よろしいんですか』って、何がだい?」


副頭領が会話に入ってきた。


    「本来『市』なんてぇのは、寺や神社の敷地内で、寺社の保護の下に行うもんじゃねぇですか」


    「商人達は場所代を寺社に払ってる、そいつを保護っていうのかな」


    「それが昔からの慣習ってやつでさぁ」


    「それだけじゃ済まないじゃん。
     『お布施』やら何やら、あれこれ名前を付けちゃぁアガリを寺社は掠め取る……
     だから金品が寺社に集まって、寺社は何もせずに肥え太る。
     こんな図式は、あまりいただけないじゃん」


    「と、言いやすと?」


    「商人達にとって、絶対に言う事を聞かなけりゃならないのは、領主かい? それとも寺社かい?」


    「そ、それは……」


    「熊野の命令系統は、絶対1つでないとね。
     それと金を租税として納める先も一か所じゃないと、商人達だって困るんじゃん。
     その上、寺社領に店を出すためには、その寺社領のギルドにも加入しなけりゃならないって話だしね」


    「『ぎるど』ってなぁ何です?」


    「それが京や南都でいう『座』の事さ。そこに加入するのにも金品が要るし、市開催ごとの上納金もね。
     『座』を束ねる連中は、後ろ盾となっている寺社や都の貴族といった連中の政治力を背景に、
     思うまま通行税や営業税といった租税の免除権まで獲得してる」


    「しかし頭領、その組織構造しくみに横槍を入れるのは……」

    「そいつぁ熊野に限ったことでは無いんじゃないですかぃ?」


    「だから、熊野が先ず、やるんじゃん。寺社や座の元締め達や、都の貴族どもの口出しなんて、
     これからオレ達がやる事には邪魔なだけだからね。
     それに、これからやる事は、船の建造一つとっても、とんでもなく金がかかる」


    「そりゃぁ…」


    「その金を臨時の租税で賄ったり、後白河院に出させるなんて、いくらなんでも出来ないからね。
     かといって儲けてる寺社やギルドが、オレ達のやることに金を出すとも思えないしね。だろう?」


    「……」

    「まあ……、そうっすね」

    「上手くいくんでしょうか?」


    「ここ熊野は、京や福原、南都にも近いんだから、ここに大きな港を作って、
     御館の奥州や、平家が仕切る九州、それに宋からも物産と宋銭を集める。
     大和田泊を擁した福原みたいに、いや、それ以上に熊野を栄えさせるのさ。
     物流の拠点としては申し分ないはずだからね。
     外洋と瀬戸内、京へ続く海や河川の交通網とそのためのインフラを熊野中心に整備して、
     『貿易』で集まった人と物資と宋銭とで『貨幣経済』と『産業』と『流通』を形成し、
     ゆくゆくは『金融』と『重工業化』を推し進めて、一気に熊野を資本主義自由経済体制に持ち込んでやる」


    「熊野を栄えさせるってぇ後の話はさっぱり分かりませんぜ」

    「言わせてもらえば、そんな夢みたいなこと、本当にできるんですかぃ?」

    「あの入道相国の福原でも、上手くいったとは言えませんでしたぜ」


    「へぇ、オレは清盛あいつ以下かい?」


    「いえ、決してそんなことは……」


    「その第一歩なのさ。熊野全域の『楽市楽座』は」


    「恨まれやしませんか?」


    「誰にだい?」


    「その市のアガリで儲けていた『座』の元締め連中や寺社に、でさぁ」


    「かもね」


    「『かもね』じゃぁ、ありやせんぜ!」

    「危険やばいんじゃ、ありやせんか?」


    「おいおい、源平の戦は危険じゃなかったのかい?
     その真っただ中を生き抜いてきたんだぜ、オレは。いや、オレ達は」


    「そりゃぁ、そうですが……」


    「本当の夢は、まだまだ先だからね、呑気に殺されてなんか、いられないじゃん。
     『楽市楽座』なんてほんの手始めさ。できる・できないじゃ、無いんだ。やるんだよ。
     でも、ま、リスクは少しでも少ない方がいいからね」


    「『りすく』ってなぁ、何です?」


    「『危険なやばい雰囲気におい』かな。
     だからね、寺社を敵に回さないための交換条件でもあるのさ、お前に話した計画は」


そうヒノエは、中央に座した副頭領に話題を振った。


    「熊野三山あ…あみうずめっと……どうにも言いづらくて仕方無ぇですぜ。
     その熊野なんたら計画、が……ですか」


    「『熊野三山アミューズメント化計画』さ。800年ちょっと後には世界遺産になる土地なんだからね」


    「はぁ?」


    「今から観光開発と自然保護の調和も、しておかないとね」


    「頭領」


    「なんだい?」


    「いくら頭領でも、本当に許されるんですかい?
     三山の神域で、しかも、神職や巫女さん方に、こんな縁日の出店みたいなことをやらせて。
     こっちはこっちで、上手くいくたぁ思えませんが」


    「神社や寺だって、そこで暮らしてるのは、人じゃん。飯も食らえば、服も着る。
     建物の維持・補修だけでも大変だろうに。つまり、金はかかるのさ。
     それを寺社領の収入だけで賄うのは大変さ。だから座や市のアガリが魅力的に見えるのさ。
     それなのに『座』とのつながりを断たせるんだからね。そいつは、つまり収入が一気に減るって事じゃん。
     自領からの収税増加は急には期待できないだろうし、院や朝廷、貴人の布施や寄進には限度がある。
     そうなったら、確かに恨まれるだろうね」


    「頭領、笑いごとじゃありませんぜ!」


    「そんな、『誰か』の懐ばかりをアテにしてるからダメなのさ。自らの依存たかり体質を脱却して、経済的に自立しないとね。

     ……承久の乱で後鳥羽上皇が敗れてから、熊野と三山は有力な支持者を失うことになるんだ。
     そうなってからじゃ、遅いんだよ」


    「じょうきゅうのらん?」


    「ごとば上皇? 上皇は後白河ですぜ」


    「こっちの話さ。ま、すべてが望美の世界の歴史と同じとは限らないんだろうけどね」


    「のぞみ…… あ! 龍神の神子ですか」

    「では、この話は龍神の神子様の世界を模した」

    「龍神のお告げなのですね」


    「いや、そういう訳では……。う〜ん、……ま、そうとも言える、かな?」


鴉たちは、なにやら意味もなく神聖なものを感じて頭を下げるのだった。


    「いいかい。三山に『アミューズメント』化を進めてもらう。
     これは手始めでもあるんだけど、どれ一つ違えても完成しないジグソーのピースだからね。」


    「は!」

    「分かりました」


『ジグソー』も『ピース』も何のことか分からなかったが、鴉達は頭を下げた。


    「本宮へ持ちかける話は、だからこそ他でもない、副頭領おまえ直々に伝えてもらいたいのさ。頼んだよ」


    「責任重大、ですな」


    「ああ、そういうことさ。
     じゃぁ、次にお前は……京だったね。どんな様子だい?」


右に控えた鴉が答える。


    「はっ! 京の『いんふれんざ』は、衰える兆しが観られます。
     京市中、特に宮中と法住寺の発病者はここ数日、皆無で」


    「良かっt


そう言いかけた副頭領を制してヒノエが言った。


    「まずいね」


    「?? え!? 何が、ですか?」


それには答えず、ヒノエは副頭領に


    「オレの名前でも、親爺の名前でも、なんだったら後白河院だろうが白龍の神子姫だろうが、
     皆が従ってくれるなら誰の名でもいいから使うんだよ。
     これから言う事を熊野全域に今日中に従わせるんだ、絶対に。できれば、夕刻までに
     もう手遅れかもしらないけど、明日になって人々の移動が始まってからじゃぁ、もっとマズイからね」


    「手遅れ?」

    「な、何が手遅れなんですかぃ?」

    「ゆ、夕刻までに、ですか!?」


    「ああ、事は一刻を争うと思ってくれ。
     今、田辺、いや熊野にいる鴉全員を使っていいから、通達の徹底を大至急」


そうして、如月二十四日を以て熊野の住民は全員、熊野別当・藤原湛増からの異例の命として
1か月の間、マスクの着用、外出後の手洗い・ウガイが義務化されたのだった。














12/08/19 UP

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